国会は面倒くさい場所、議員削減は全体主義の始まりだ 「これだけは言いたい!」
国会は終わってしまったが、ジャーナリストの僕としてどうしても言っておきたいことがある。『朝生』でも言い足りなかったのだが、国会議員の定数削減は全体主義へ繋がる大きな愚策だ。民主主義とは本来、とことん面倒くさいものなのだ。
田原総一朗
2026.09.20
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高市早苗総理が出席に消極的だったという国会での議論は、会期が終わってしまったので何かあるわけではないが、国会、そして議論することの大切さについて考えてみたい。
本来「面倒くさい場所」でなくてはならない
朝生でも、僕が色々と質問をするが、それは議論をしっかりしたいという思いがあるからだ。議論し尽くす。これが大事だというのは、ジャーナリストとしての僕の矜持であり、不変の原則だ。7月の収録でも話をしたかったのだが議論に熱中して言い足りなかった事がある。国会議員の定数削減は大きな愚策だと言う事だ。

国会議事堂(衆院のHPから)
国会というのはそもそも、なかなかまとまらない人々の考え方を話し合う、面倒くさい場所だ。その議論する人の数を減らしていって、議論がまとまりやすいとか、進めやすいという意見が出てくると、その行く先は全体主義だ。